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歌を覚えること

2012/05/08 14:25

 

  私が好んで唄を歌っていることは、いつもこのブログで記しているが、どうやって歌を覚えるのかを報告しておこう。

 まず知ることからはじまる。昔はほっておいても、どこからか歌が耳に入ってきて、どんな歌だろう、と好奇心を駆り立てられた。それだけ歌に敏感だったのだろう。
 ところが最近は、新しい歌をよほどのことがない限り耳にしなくなった。しても記憶に残らなくなった。だから、ラジオの番組をよく聴くようにしている。歌謡番組では流行りの歌しかやらないが、ラジオではけっこう昔の歌を思い出したようにやっている。それが時折、記憶に残る。ネットで調べてみる。じつくりと聴いてみて、気に入れば本気で覚えようとする。あとは、誰かにいい歌ないかなあ、と聞いてみる。おおむねカラオケバーのママである。相方に好きな歌を聞いてみる手もある。
 そんなことで、自分の知らなかった歌を知る。直近では竹内まりやの「人生の扉」である。知れば、まずネットで原曲を聴いてみる。歌曲に合わせて口ずさんでみる。これでほぼ歌えるかどうかが分かる。低い声、高い声が私に出るだろうかのテストになるからだ。
 次にMP3プレーヤーに原曲を入れて持ち歩いて聴き、耳に慣らす。そうやって徐々に歌を覚えていくが、次にネットからダウンロードしたカラオケで練習ということになる。まず原曲のトレースから始まる。そのままなぞって歌い、いろいろとその歌の特徴を記憶に入れる。トレースが済めば、本気でカラオケで覚えることになるが、ここからが歌を覚える中でもっとも楽しい時期だ。
 何度も練習すれば、徐々にその歌に馴染み、自分なりの声で歌えるようになる。基本は原曲キーだが、その自分なりの声がどうなるのか、という興味がある。これは歌ってみないと予測はつかない。
 原曲キーに合わせて歌うと、自分の声が微妙に変わるのである。この変わりようが面白い。そしてこう歌ったらどういうテイストになるのか、というところでも試してみる。
 これを繰り返しやっていると、原曲と離れて自然に自分の歌い方が決まってくるものである。むろんそうならない歌もある。そうして、その歌が自分のものになってくるわけで、その過程がひとつの成長で、その歌が自分の財産になる気分である。
 他人から見ればやっかいな話ではあるが、それが私の歌に対する面白さである。最終的に発表の場がカラオケバーというのは、ちと情けないか。 
 
「60からのマイソング55」を配信中。毎日曜日にhttp://ameblo.jp/shiratorimn/にアップロードしています。エッセーで書いた歌は「団塊SONGS」(検索)で聴くことができます。また「Web写真人」でも検索できます。URLはhttp://shashingin.web.infoseek.co.jp
 

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安全対策にIT技術使えば

2012/05/05 07:52

 

  悲惨な交通事故が多発している。特に公共交通は、人の命を預かって仕事をしているのだから、徹底した安全対策が求められている。最近の報道では、会社と運転手のいい加減な勤務実態が明らかになってきている。

 長距離バスでひとりで運転できる距離は、670kmと定められている。この規制が反対にひとり運転で670kmまで走れる、と解釈され、多くのバス会社は運転手に過酷な労働を押し付けている。
 それが事故多発の原因とされているが、実際は過当競争の結果だろう。ツアー会社はツアー料金を安くするために、細部までコスト削減を要求してくる。応えられなければ、他のバス会社に発注が行ってしまうから、薄利でもやるしかないところで仕事をしているわけだ。
 私のケースも、プリンスホテル並という触れ込みのホテルが実際と違って、帰ってしまった参加者もいたし、帰りの新幹線の指定座席が女房と隣合わせでなくて他の参加者から同情を買ったこともあった。
 宣伝と実際が違うことは多々あり、それが耐えられる程度ならいいが、これはひどい、という場合は、二度とそのツアー会社を使わなくなるだろう。
 結局、ツアー会社の誠意を信じるしかないのだが、ツアーバスに話を戻すと、バスが会社を出ていってしまったら、そのバスの運転手からの連絡がなければまったくコントロールできない、という限界があるわけだ。
 居眠り運転をしていても、どこかで止まって眠ってしまっても分からないし、事故があっても警察から連絡が来るまで把握できない。
 だったら、現在のIT技術を使って、運転手の状態を掌握できるような仕掛けを作ればいいのではないか。
 例えばスマートフォン。走行中のバスの中で有効かどうかは分からないが、スマートフォンを運転手の前に設置して、カメラを作動させて、いつでも運転手の顔が本社のモニター画面で見られるようにできないだろうか。
 たぶん可能だろう。そのモニターを見ていて、居眠りするような兆候があったら、大きな警告音を発するか、運転者の携帯電話に注意を促すコールを送るか、なんらかのメッセージは可能ではないか。
 もっと違った方法があるかもしれないが、そうした知恵を絞って少しでも悲惨な事故を減らしてもらいたいものだ。バスとはいわず、大きな事故を引き起こす大型トラックなどもこうした方法でコントロールできよう。安全に対する対策は事故が起こってからでは遅い。
 
「60からのマイソング55」を配信中。毎日曜日にhttp://ameblo.jp/shiratorimn/にアップロードしています。エッセーで書いた歌は「団塊SONGS」(検索)で聴くことができます。また「Web写真人」でも検索できます。URLはhttp://shashingin.web.infoseek.co.jp
 

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5000円札を拾った!

2012/04/30 07:37

 

  晩酌の酒が切れて買い物に出た。連休中の午後、町中は閑散としている。ふと目の前の道路に目をやると、なにかがっている。

 別に気にも止めずに歩いていると、それがこっちに寄ってきた。よく見ると、なんと5000円札だった。
 あれっ、と思い拾い上げた。確かにそうだ、と確認して、周りを見回した。誰もいない。周辺の住まいも見てみた。誰かが窓から首を出して、なにかを探しているような気配もない。 
 まいったなあ、というのが正直な感想だった。交番に届けようか、と思った。しかし、裸の5000円札だ。持ち主は特定できない。車で通りがかった人が落としたかもしれないし、どこから風でってきたかもしれない。
 交番に届けてもなあ、と思いつつ、いっそ飲んじまうか、と横着な考えも頭をよぎった。しかし市民の義務からいえば交番だが、紛失届が出ていなければ、いずれはこちらのものになるし、出ていれば謝礼ということになる。
 以前にルームキーを拾ったことがあったが、それは躊躇なく交番に行った。裸の札だから迷ってしまう。
 とにかく持って帰って女房に相談することにした。
「どうしたの、このお金」とテーブルに置いてあった5000円札を質した。これこれしかじか、と説明した。
「そうね、交番なんか行かなくていいわよ」と、簡単に結論を出した。女はこういう場合ははっきりしている。
「で、どうするんだ」
「遣っちゃうのもいいけど、寄付しましょうよ」
「どこに」
「新聞に出てたじゃない、尖閣列島よ」
 あっ、なるほどと合点がいった。去年なら東日本大震災になるのだろうが、今年は国を守るために都に協力することになる。
 これで気持ちが安らかになったが、ほんとうにそれでいいのか、という座りの悪さはある。ほんとうはやっぱり交番なんだろうなあ、といまでも思っている。
 
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再稼働反対なら節電を

2012/04/21 14:17

 

  原発が再稼働で揺れている。福島であれほどの事故があっただけに、自治体も住民も神経質になるのは無理はない。

 絶対安全、と政府や専門家がいっても、すでに信頼性が失われており、なにをいっても信用されなくなってしまった。地震や津波が来て、事故が起こったら、誰が責任をとるのか、と問おても、答えはない。
 しかし電気の確保は優先されなければならない。この矛盾を解決する手立てはなく、結局国民感情からみて、もう日本で原発を維持していくことは困難だろう。
 じゃあ、どうやって必要電力を確保できるのか。答えは節電しかないのではないか。必要電力を確保するために、電源転換と同時に、消費者側が使用電力をセーブするのが現実的だ。
 原発がないものとして、現状の発電設備でどれだけの電力を供給できるのかを精査し、各家庭、企業、自治体などで、徹底した節電を行うことによって電力が足りるなら、原発そのものはいらなくなってしまう。
 すでに昨年の夏に実施されたことだが、さらにこれを徹底することだろう。その程度の不便は国民も承知できるし、経済活動に必要な電力は優先的に供給する制度を作る必要もあろう。
 そして原発は廃炉をめざす。事故のない原発でも廃炉には30~40年もかかるといわれている。また停止しているだけでも、地震が来ればやっぱり放射能は漏れるだろうし、維持費はかかる。
 その上で原発のある場所に、風力発電やメガソーラーなどの自然エネルギーの施設を造ればいい。それで少しでも無駄が省けるし、地元の経済にも寄与しよう。
 電力会社も政府も原発を維持していきたい意向があるようだ。利権もあるだろうし、ここまで営々と積み上げてきた技術やノウハウを捨て去ることはむつかしいにしても、地震・津波大国の日本列島ではもともと無理だったのだろう。
 原発がなくても電力が足りるなら、その論拠を失う。だから、国民を挙げて節電キャンペーンを行う必要があるのだ。
 単に再稼働反対ばかりを唱えているのではなく、反対なら何をしなければならないかを考えることではないか。
 
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まだまだ小説が楽しめる

2012/04/17 11:08

 

  最近読んだミステリーで、まだまだ小説が楽しめる自分を発見して喜んでいる。ここのところ、つきがないのか、買った本があまり面白くなく、途中で投げ出すことが多かった。

 もっとも、評判が高いからとか、ベストセラーだから、という小説ではない。多くは古書店で買ってきた文庫本である。
 たまたま手にして面白そうだから、という勝手な理由で購入したものだ。その当たり外れが多いと、なんとなく読まなくなってしまうものだ。
 ところが、古書店のワゴンセールで100円で買ったミステリーが抜群に面白く、読み耽るようにして読んでしまった。そのミステリーはスウェーデンの作家ヘニング・マンケルの『殺人者の顔』。クルト・ヴァランダー警部シリーズの1作目である。
 それで気をよくした。まだ小説を読む気力が残っているという思いを強くした。つまり面白い本に出会わなかったのではなく、自分の興味が小説から離れてしまったのではないか、という恐れがあった。
 別に面白い本がなくても、困ることはないが、我々の世代はテレビに育てられはしたが、やはり本で育ったように思う。
 これまでいろいろな作家の本を読んできた。ある時期から、日本の作家ではなく翻訳ものを多く読むようになった。多くはミステリーだが、それなりに面白く読んできた。しかし最近は前述のような有り様になっていた。
 どうして楽しめなかったのか。それを『殺人者の顔』から考えると、主人公の視点で描かれていること、主人公に共鳴する部分が多いことがあげられる。
 ストーリーが面白いことはいうまでもないが、この2つが大事なポイントだった。最近、女性作家が進出し、女性の主人公が多くなっているが、やはり思い入れが弱いような気がする。私なら50~60代の男の主人公がくたびれながらもがんばっていく、という設定がいい。
 どうやらこれを忘れていた。次に買ったのが『フロスト日和』。分厚い文庫本だが300円程度だった。こちらは多視点で描かれめまぐるしいが、主人公の魅力は大きい。
 やはり齢をとってくると、わがままになるようで、読む小説も自分の好きな設定を選ばないと楽しめず読破もできなくなったが、好きな設定ならまだまだ十分に小説が楽しめる資質が残っている自分を思い直した次第だ。
 
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石原新党の維新の会

2012/04/06 11:23

 

  たまには政治の話をすると、国民新党のあまりの泥仕合ぶりは立派な田舎芝居のようだ。政権に残るほうは、どこか物欲しげでみっともなく、出る両亀井には潔さがあって、政治家としては点数を上げたろう。

 石原さんと橋下さんが会談した。内容は伝わつていないが、話すことは新党のことしかない。
 つまり、石原新党が立ち上がる時期が見えてきたということだ。ここに平沼さんの立ち上がれ日本、亀井一派、小沢さんはどうか分らないが、一部の小沢派が加わり新党が結成される。
 これが橋下さんの維新の会の受け皿になって、次の選挙で新人議員を擁立するようになる。石原さんが当面の党首、いずれは大阪市長の任を終えた橋下さんが後任になろう。
 維新の会は現在、国会議員がおらず、新党旗揚げの要件を満たしていない。だから、どこかが受け皿になるのは現実的だ。
 メンバーをみれば、年齢差・温度差はあるものの、みんな保守となり、民主党みたいに右から左までのオールスターでないところが、筋が通っている。
 このままこの石原新党が結成され、次の衆院選に臨んだら、たぶん民主党自民党も真っ青になるだろう。第一党は確実であろうし、過半数をとったら世の中が変わる。
 日本を変えるブームが起き、ようやく日本的な新しい保守党が成立することになり、憲法改正も視野に入ってこよう。
 ただ日本新党、小泉改革、民主党のブームのように一過性ではなく、本気で日本を根本から変える政党になってほしいものだが、それは次の課題となるだろう。
 以上は、私の勝手な政治的な想像ではあるが、現在の政党政治ではたぶん何も変わらないだろう。官僚が支配し、国民の負担が増え不況は続く。暮らしにくい世の中が続く。
 これを打破するのは政治しかなく、そのために日本を変える本気の政治家、新党が待たれているのである。
 
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東京スカイツリー狂騒曲

2012/04/01 09:00

 

  私の住まいは東京都葛飾区で、最寄り駅は主に青砥である。都心に出る場合、多くは押上で乗り換えて、東京メトロの半蔵門線に入る。

 その押上駅のそばに、あの東京スカイツリーが5月下旬に開業する。きっと多くの人で溢れかえることが予想される。あまり人混みが好きでなく、地域に慣れない人々が雲霞のごとく押し寄せることを考えると、いまから憂鬱な気分になってくる。
 むろん地元にお金が落ちることを忌避するものではない。それでも、駅名を変えてまで、分かりやすく人を呼び込もうという魂胆には違和感を覚える。
 歴史のある地名の業平橋が、東京スカイツリー駅に変えられてしまったし、押上はカッコ付きで東京スカイツリー前となるし、地元の地名も、おしなりやおしなり橋というふうに呼ばれるようになる。
 日本各地から、あるいは世界からの観光客は当分は押し寄せるだろう。東京の名所のひとつになることは確実としても、あまりにも浮かれ過ぎで、儲け主義に走り過ぎていないか。
 あの東京タワーだって、バス停以外はどこにもそれにちなんだ地名なんかないだろう。最寄り駅は浜松町か大門、神谷町だ。
 確かに当時は、こうしたひとつのビッグモニュメントができることの意味を正確に理解していなかったのかもしれないが、それでもどこか地に足がついていたように思う。いまほど人々が軽佻浮薄ではなかったろう。
 現在は、官民あげて、メディアも地元も、ただこの狂騒曲に踊っている始末だ。この違いを、どこかの識者に冷静に分析してもらいたいものだ。
 たぶん私にすれば、スカイツリーができても当分は近寄らないだろうし、行かない公算が大きい。東京タワーにのぼったことはないし、ディズニーランドは仕事で2回程度、家族と1度行ったきりで興味はまるでない。
 そんな人間もまたいるし、そういう声なき人々は多い。もしひとつだけ望むことがあるなら、出来る限り地元の活性化に生かしてほしい。
 経営母体の東武は、スカイツリーに人を入れたら、すべてその中で完結するようなセコイ仕組みを作るのではなく、浅草から墨田一体をエリアにした回遊区を作って、地域経済の活性化に役立ててほしいと願っている。それが日本の元気につながっていくことになろう。
 
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区の広報紙を見て驚いた!

2012/03/24 10:08

 

  私は葛飾区在住だが、久しぶりに『広報かつしか』というタイトルの広報紙をしっかりと見てみた。

 それをみてびっくりした。なんと補助金のオンパレードなのだ。3月25日号では、「みんなで守ろう交通ルール」と題して特集を組んでいる。
 それはいい。ページを繰っていくうちに「三人乗り自転車の購入費を補助します」という記事があった。上限3万円で購入金額の半分を補助するというものだ。
 確かに自転車での三人乗りの危険性は指摘されていたが、別に三人乗り自転車でなくても、ふつうのママチャリで立派にママさんたちは乗りこなしてきた。子供が大きくなったら、乗り古した自転車はパパの通勤用になり、ギィーギィーいわせながら乗る羽目になるわけだが、自己責任でその危険性をしっかりとインフォメーションして、自転車店で最小限の補修をすればいいのではないか。補助金なんかいらない。
 次に、別綴じで『パワフル!かつしか』という広報紙もあって、それには親切丁寧にキャリアアップ支援講座の講座名がずらりと並び、宅建や行政書士、簿記、医療事務などの資格が取得できるように謳っている。むろん有料ではあるが、こんなものも民間のそうしたセミナーを紹介する程度で十分だろう。民業圧迫、そして助成金の食い物になっている。
 1枚めくれば、今度はパソコンステーション利用案内があり、低料金ではあるが事細かに定期講習会を紹介している。これも区がやる必要もなく、民間のパソコン講座を案内すれば済むことではないか。
 で、最後のページに「かつしかエコ助成」である。太陽光発電、LED照明機器の改修、エネファームなどの助成金の紹介だ。むろん環境面でその普及は必要なことかもしれないが、導入すれば個人でも事業所でもメリットがあるのだから、助成金なんかなくたって必要なら導入するだろう。
 エコと謳えば、なんだって許される風潮はなんだ。テレビ、車もみんなそうで、結局は業界べったりの政策だ。そこにエコ利権があるわけだ。
 以上のように、葛飾区のわずか1号の広報紙の中で、これだけの補助金や助成金の供与が行われていることが分かる。。こんなことでは行政費用は拡大するばかり。まず地方から、小さな行政組織にしていく方向はないか。
 
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もう振り回されたくない心境だ

2012/03/18 19:04

 

  新型のiPadがアップルから発売され、アップルストアではまた長い列ができた。スマートフォンやタブレット端末は、どんどん進化して、新しいものは新しいなりに性能アップして、使いやすくなっていることだろう。

 しかしハードは改良されいくのだろうが、それに伴う肝心のアプリやソフトはどうなのだろうか。
 確かにいろいろなものが用意されて便利そうである。あれがいいかな、という程度のものが多いだろうが、実際はそれらに振り回されて、本当に値段なりに使っているものが、どれほどあるのかは疑問だろう。
 というのは、かなり以前からウィルコムのスマートフォンを使っていた。スピードは遅いが、パソコンのウェブサイトも見ることができたが、ほとんどメールの確認ぐらいだった。ただ読むだけで返事は別で、それは会社のパソコンでやった。そのほうが早かった。
 それもいろいろ考えると、それほどの緊急性の要するメールはなく、帰社してからも十分間に合うものが大半だった。
 結局、使うのをやめてしまって以来、スマートフォンは使わずふつうのケータイである。このケータイはパソコンメールは確認できるものだが、それもほとんど見ない。
 NTT東日本のセールス電話に勧められて、ネットパソコンで使えるEMのWiFiを持っているが、これもまず持ち出すことはない。パソコンは外で原稿を書くから必要な時は持ち歩くが、別にネット環境でなくても書ける原稿だ。
 あれば、いろいろと見て時間を潰すことになり、それで課金が上がるのはアホらしい。
 スマートフォンやタブレットパソコンの小さい画面で新聞なんか見なくても、紙の新聞を大きく広げて見ればいいし、電子書籍もいかにも読みづらそうだが、値段が安いのが魅力なのだろうか。
 以上、なにが言いたいのかは、もうあまり振り回されるのはうんざり、という心境になっている。我々はIT絡みで翻弄された世代だ。漢字TalkOSのマックのパソコンで雑誌を作り、ウィンドウズは98ぐらいからはじまり、いろいろと買い替えてきたが、それも仕事の範囲だったのだが、それにしても見事なまでにはめられてしまった。
 その仕事もそろそろ縮小しており、本当に必要なものはなにか、からいろいろと考えていきたい齢になったようだ。ただ年齢なりの好奇心は保っていたいものだ。
 
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男子マラソン川内君はなぜ落ちた

2012/03/12 16:08

 

  先ほど、ラジオを聞いていたら、ロンドンの男子マラソンンの代表が決まった。公務員ランナーの川内君は外れてしまった。

 確かに、東京マラソンの成績は思わしくなかったが、その前の福岡マラソンはまずまずであった。
 どうして落ちてしまったのだろうか、と考えると、やはり代表は実業団のランナーから関係者は出したいのだろう。
 むろんフリーの藤原新は選ばれた。彼は有無を言わせぬ実績を残して選ばれたわけだ。ただし現在はフリーながら、かつてはJR東日本に属し、彼なりの人脈はあったろう。
 川内君の陸連の人脈はあったのだろうか。もし五輪代表に選ばれれば、強化選手になり、たぶん自分で工夫してきた練習とは違った形の練習になり、もっとランナーとして化ける可能性は高い。
 その可能性に賭けなかった陸連の想像力のなさは情けない次第だ。
 まあ、誰が選ばれようと、勝てるわけではない。五輪代表で参加することに意義があるほうだ。
 実際、最近のケニアのランナーだって、さほどのタイムで走っているわけではない。ただ20kmから30kmぐらいで、1km2分50秒ぐらいにスピードアップして、揺さぶりをかけて集団を壊していく。
 どんどん落ちこぼれが増える中で、相手の顔色を見ながら再度揺さぶりをかけて、人数を少なくして、いったんスピードを落として体調を整えて、最後のロングスパートにかける。
 だいたい見ていると、こういう戦法が多い。その揺さぶりに耐えられないから、勝てないわけで、藤原新はそれに耐えて、世界のゲブレシラシエを抜いた。最後までスピードは落ちなかったが、やはり極度のスピードアップには付いていけなかった。
 ただあとのコメントで、そういう練習をしてきた、といっていた。解説の瀬古も、駅伝よりマラソンを、とたまにはいいことをいっていた。
 20kmの駅伝をいくら練習しても、マラソンの練習にはならない。40km走を1km2分50秒から3分ちょっとぐらいのスピード変化をつけて、なんども走らなければ、ケニアやエチオピアには勝てない。
 以前にも書いたが、実業団ランナーはマラソンだけでなく他に走るイベントもあって、マラソンに集中できない面もある。これでは強くなれない。駅伝とマラソンとを分けて考える時代になってきたのではないか。
 
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